昨日の空は美しかった。
仲間も、自然に同化していた。

z

TMM

NBR
明日も楽しみ。
昨日の空は美しかった。
仲間も、自然に同化していた。

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TMM

NBR
明日も楽しみ。
種子島で待望の音楽フェスです。
豪華顔ぶれ、これをきっかけに種子島に来てはいかがですか?
写真も展示させてもらう予定です。
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●イベントタイトル
MUSIC LAUNCH 2011 ~feel the pulse of Tanegashima~
●会場:種子島 中種子ふれあいの里 多目的広場特設野外ステージ
●開催日:2011年10月29日(土)
●開場/開演:11:00/12:00
●チケット料金:前売¥5000(税込) /当日¥5500(税込) *未就学児無料
●チケットの購入方法:チケットぴあ:【0570-02-9999 / Pコード: 148-053】
●出演:元ちとせ/Caravan / Leyona / Keison /東田トモヒロ
マーレーズ /chiyopon? / mc DJ POCKY
種子島発の野外音楽フェス開催決定!
MUSIC LAUNCH 2011 ~feel the pulse of Tanegashima~
秋風の吹く10月、自然豊かな島の波動の中、全身で音楽を感じてください。
*MUSIC LAUNCH 2011参加ツアーをご用意しました。詳しくはオフィシャルサイトまで。
●Information:MUSIC LAUNCH 2011実行委員会(Bamboo Forest内)(0997)27-0500
●Offcial WebSite: http://www.music-launch.com
台風があると、朝が早い。


明日はどうだろうか?
調子悪かったヨットMOONBOW2のエンジンが調子よくなり、
ここ数日、漁に出た。
夕暮れから朝まで、ひとりで海に浮かんで、見えない魚の姿を想像し、針を垂らす。
夜半から月が海面を照らし、昇ってくる。
やっぱり、この海の上の世界が好きだ。
ここにずっと長くいたい。
そう思った。
ウミガメ調査のヨット旅は、今年も計画していたが、予算がおりず断念中。
ちょっと気が沈んでいたけれど、
遠くに時間をかけていかなくても、種子島のまわりに時間を見つけ飛び出せばいいだけだ。
と、思った。
今日、隣の馬毛島の米軍の離着陸訓練施設について、防衛省が説明に来た会に出席した。
防衛省の人の仕事も、大変だなと思った。
自然を壊して軍事施設を作ることを、お願いして回るなんて、きっと良心を押し殺して仕事しているのだろうなと。(文句ばかり言われているだろうし。)
この静かな海に、この人たちを連れていきたい、と思った。
僕は反対です。
今YESといったら、未来の人に申し訳ない。
騒音に悩まされ、戦争を身近に感じる生活に、この島をしてはいけない。
あらためて、そう思いました。
「東日本大震災から142日後の被災地」
東日本大震災において、被災に会われた方々に謹んでお見舞いもう押し上げますとともに、被災地が一日も早く復興することを、お見舞い申し上げます。
東京から高速道路を走り、7月30日の夕方、仙台新港の近くに着いた。
道路が地震で歪んでいた。
地震の大きさを実感し、衝撃を受け、曲がったガードレールなどを撮った。
でも、その写真はここにはない。
それ以上の光景が、その後に待っていたから。
海に近付くと、視界が開けた。
あるはずの家、建物がない。
がれきが片付けられ、家の基礎しかなく、ひと気のないガランとした殺風景な場所。
もうすぐ震災から5カ月というのに、いまだに、片付けられていない場所もある。
爆弾が落ちた後のような、という表現がそのまま目の前にある。
戦争を知らない僕には、見たことのない光景だった。
陽が落ちて、夕飯を食べようと思った。
仙台に来たら、名物の牛タン、と思っていたがそんな気分になれない。
被災後に作り直した定食屋を見つけたので、そこで震災特別号の雑誌を見ながら定食をいただく。
どこかビジネスホテルにでも泊まろうか、と電話をかけるも、20件以上電話しても、満室の返事。
後で聞いたが、ボランティアで一杯なのだという。
銭湯で風呂に入り、そこの駐車場に停めた車で寝ていると、朝4時ころ震度4の地震で起こされる。
福島では震度5弱とラジオでいっている。
いまだに、終わっていないのだと感じる。
日の出前から動き出すつもりだったので、そのまま車を走らせ石巻へ。
港の倉庫は壊滅状態、船はありえない場所に乗りあげ、異臭も漂う。
復興も始まっているが、まだ、この状態なのか、と驚かされる。
松島、女川と北へリアス式海岸線を走ると、小さい港もかなりやられている。
家の物を捜索している人もいまだにいる。バスも建物に乗り上げている。
TVで見た「おかあさーん」と叫ぶ少女を、ふと思い出し涙が出た。
気仙沼、釜石まで行こうと思うも、遠すぎて時間がない。
今日中に福島まで行かなければいけない。
5年ほど前に日本一周したときの道をたどり、福島に向かう。
線路は跡かたもなく、松林がなくなっているので見えるはずのない海が見える。
漁船が1キロ以上内陸の畑に横たわっている。
以前宿泊した北泉というキャンプ場は、土がえぐられ水が溜まっている。
頭が痛くなってきた。
日が暮れてから、海から離れた福島市内の友人と落ち合う。
奥さん子供は、横浜に避難していていない。
福島市内より山側とはいえ、放射線が強いらしい。
ガイガーカウンターというのをはじめて見せてもらうと、高い数値がでている。
これを買ってから2か月で1ミリシーベルトすでに被ばくしているという。
未婚の女性は、戸籍の住所を福島から移したがっているという。
未来の結婚のときに、差別されることが怖いからだと言う。
「どんなに研究者の会に参加しても、未来が見えない。
でも、自分達はここでやっていくしかない」と言っていた。
福島は大変なことになっている、と実感。
僕は、ほぼ丸一日の撮影で、400枚ほどの写真を撮った。
でも、人がいるとカメラを隠している自分がいた。
誰かの壊れた家を撮ったり、壊れた車を撮ったり、打ち上げられた漁船を撮ったりすることが、
失礼な気がしてならなかった。
これが、もし震災直後だったら、1枚も写真を撮れなかったかもしれないとも思った。
今も、無くなっている人がいるのではないかと思える光景が続いていたから。
僕は被災者の人に話しかけることすらできなかった。
それに、ボランティアをせずに帰って来た。
ただ、僕にできることは、今も終わっていない震災の現実を多くの人に伝えること。
僕の写真は、タテ位置が多い、と言われたことがある。
そう言われて見ると、その通り、タテが多い。
それは、空を多く入れたい、という想いがあるからだと自分なりに思った。
でも、今回撮影した写真は、ヨコ位置がほとんどだった。
それは、被災した光景が広範囲に渡っているから、だと思う。
1日では車で走りきれない被災地。
どれだけ多くの人が、被災されているのだろう。
いまだに、放射能の恐怖にさらされているのだろう。
この撮影記で思うことが2つあります。
1、まだまだ被災地は被災地であること。だから遠い種子島からでも、今も何か出来ることがあること。
2、この震災の教訓から、種子島でも津波対策・避難訓練を行うべき、ということ。
東北はとても考えさせられる旅でした。
また、写真整理してアップします。
今は東京西麻布73展示2日目。
9月いっぱい展示してあります。
素敵な隠れ家なお店です。