カメ歩きを友達家族といつもの浜に行った。
少し前に生まれた跡を発見。
沢山の石を乗り越えなければいけないから、挟まっているのがいるかも、と探しまわった。
すると発見。全部で4匹も発見。
みんなが30歳を過ぎたころ、元気に帰ってくることを願って、バイバイ。
うーん、自分はその頃70歳か。
台風の大波に海に出ていく姿は、子供にも大人にも、自然界で生きていく厳しさを教えてくれる。
カメ歩きを友達家族といつもの浜に行った。
少し前に生まれた跡を発見。
沢山の石を乗り越えなければいけないから、挟まっているのがいるかも、と探しまわった。
すると発見。全部で4匹も発見。
みんなが30歳を過ぎたころ、元気に帰ってくることを願って、バイバイ。
うーん、自分はその頃70歳か。
台風の大波に海に出ていく姿は、子供にも大人にも、自然界で生きていく厳しさを教えてくれる。
友達家族が種子島にやってきた。
去年から恒例にしている友達の夏休み。
お互いの子供の成長に、自分も成長しているか問いかける。
はい、成長しています。きっと。
島を案内していると、自分も島の良さを再確認する。
忘れてしまっている島の景色を、見直すことができる。
一か月家族と離れ、ウミガメ撮影の旅を許してもらった家族。
夏休みの終わりに、みんなで夏休み中です。
最近は、種子島の砂浜を歩いたり、走ったり。
この夏は、外の島ばかり見て、種子島を見ていなかった。
この島がどれだけ砂浜に恵まれた島なのかが、外に出てよくわかった。
走って汗をかいたら、海に飛び込む。
浜を振り返ると、こんな感じ。
夜歩くと、ウミガメの誕生が見れる。
この島は、砂の島だ。
なんだか、行ったり来たりだった。
夕方6時ころ、西に傾き始めた太陽とともに種子島に飛行機で到着。
鹿児島→種子島 飛行機 所要時間25分。
その日の夜12時、鹿児島に向けてムンボツーで出航。
朝日は、佐多岬沖。

今回は、僕と相棒ともう一人、息子6歳を連れていった。
船で朝日を見たいと言っていたから。
いい顔をして、この朝日を見ていた。
でも、そのあと船酔いし、もう乗らないと言っていた。
でもきっと、乗りたくなるだろう。
種子島→鹿児島 ヨット 所用時間15時間。
マストを、専門の人に頼み、家族と一泊。
夕方、高速船で帰ってきた。
鹿児島→種子島 高速船 所要時間 1時間半
島にはいろんな来方があるが、飛行機より高速船、高速船よりフェリー。
ゆっくり海から入るのが、島は一番いいと思う。
山手線大崎駅の大崎ゲートシティウエストタワー地下一階。
ここに、ウミガメ部屋を作り、写真を展示。
カメ芝居も6回やらせてもらいました。
そして、スライドショーの音楽に良く使わせてもらっているKAZZのライブも昨日やっていました。
イベントは22日までやっていますが、今日帰島。
明日から、ヨットのマスト修理に、鹿児島に向かう予定。
また、少し洋上の人になります。
ウミガメも探してこよう。
つい先日まで、海の上で暮らしていたと思ったら、今は都会の東京です。
山手線の大崎駅、大崎ゲートシティという、巨大商業施設の夏祭り。
今年のタイトルは「地球は人間だけの星ですか?」
副題は「動物たちからのメッセージ展」
8月14日から22日まで入場無料です。
ウエストタワーの地下1階に、ウミガメ部屋を作りました。
14日と15日は、僕います。カメ芝居やります。

そして、隣には同じ種子島の絵描さん、松田大児さん。
とても、いいので、是非見てほしいです。
では。
今日は使い古しの天ぷら油を集めに、南種子へ。
4年前に天ぷら油で旅をして以来、未だに天ぷら油で車を走らせてます。
ところで、種子島は今ウミガメの孵化が始まっています。
今日はそんな場所へ偵察に行ったのだけれど、
雨で崩れたところから、ウミガメの卵が露出して死んでいました。
この場所は今年2回目です。
日本全国と違うことなく、種子島でも砂浜の減少は進んでいて、
それが原因ではあると思うのですが、
この場所は、鹿児島県で唯一、海の砂浜の採取が、許可のおりる場所。
今まで、ダンプに砂を積んで、運んで行ってしまうのを何度も見かけています。
何年か前から友人が、お役所に苦情を出しますが、
漁業振興のために使われる砂だから、
と、取りやめることができていません。
それが、今ウミガメの生まれる時期だというのに、
また、砂を持っていこうとしている杭が立てられていました。

手前の赤いテープの張った杭は、産卵した跡の目印。
写真右のゴミの向こうから、3本砂を取るための目印杭が打たれていました。
この杭の左側の砂を取ろうとしています。
うみがめ保護条例が鹿児島県にはあって、
勝手にウミガメに触ると、捕まると注意されたばかりなのに、
これは、おかしいですよね。
トカラを旅して、外にばかり砂浜がなくなっていると考えてばかりいたら、
こんなに身近に、問題がありました。
明日、お役所電話してみます。
今日は、明日小さいながらも台風が近くを通るので、ムンボツーの係留をしっかりし、船体が痛まないようにした。
そして、久々にサーフ&撮影。
うねりが入ってきたのです。
仲間のカメライダーZとも旅から帰って来て久々に再開。
相変わらず、ロケットのように、打ちあがっていました。
打ちあがるといえば、花火。
僕らが帰ってきた翌日は、町のお祭り。
会う仲間、会う仲間に、
「大変だったね」
といわれ、
そうだ、大変だたんだ、と思う。
でも、僕の頭の中には、ヨットの上で朝がゆっくりおとずれる、あの空の色が変わりゆく姿。
そして、コガメを見つけた時の喜びと、流れモノの下の美しい新世界。
そればかりが、思い出されます。
ドンブラコッコ、ドンブラコ。
と書けない今が少し寂しい。
洋上で暮らした昨日までが、丘に上がると遠い昔のような気がする。
三島村の3島(竹島、硫黄島、黒島)をまわり、トカラ列島の各島(口の島、中之島、平島、諏訪の瀬島、悪石島、小宝島、宝島)そして、熊毛の屋久島、口永良部島。
多分、多くの人がこれらの島の名を挙げても、ピンとこない島が多いでしょう。
屋久島くらいではないでしょうか?
僕自身も、かなりそれに近い状況でした。
いくつかは漁の途中で寄ったことがありましたが、ほとんど想像もつかない島々でした。
トカラ列島や三島村の島々は、人口50人から100人くらいの島がほとんどで、人間こんな狭い島で、少ない人口で暮らすことができるのだと、驚かされました。
そして、古くは琉球にまたは種子島に支配されていたり、アメリカに支配されていたり、いろんな時代に統治が変わっているというのにも、驚かされました。
そして、鹿児島なのに、平家の落人が逃げ込んだ島ということで、薩摩らしい言葉も使われていません。
昔ながらのお歯黒の文化が残されていたり、南から仮面をかぶる踊りが伝わっていたり、島独特な文化が強く残されてもいます。
島の発展、というか変化としては、"はしけ"がなくなったときに大きく変わったと思います。
どこの島もほとんどが、船の付けられない岩場ばかり。
ほとんどが、沖合に船を停泊し、そこから"はしけ"という小型の船に人や物を積み込み、岩を砕いた小さな入口から、島に入っていたのですが、防波堤を作り、大きな船が停泊できるようにしたことで、物資や人の出入りが簡単になっていったのです。
昭和に入ってからのことです。
もちろん、僕らもその防波堤を使って、ヨットで島に入港できたのですが、そんなことも含め、島の文化を変える大きなできごとなのではないかと思います。
そして、なによりその防波堤が、その島から砂浜をなくすことに直接影響していることが、この旅でわかりました。
ほとんどが砂浜が少しでも残っていたところに、防波堤を作っているのです。
そして潮の流れが変わって、砂浜が無くなっている。
ウミガメの産卵は昔は多かったけれど、最近は砂浜が狭いから、というのはどこでも聞いた話。
島の便利さと引き換えに、砂浜が無くなってしまっているのです。
いやあ、それにしても「百聞は一見に如かず」。
体で感じてきました。
問題はそれだけではなく、多くの島で人口の減少も深刻なようです。
けれども、なかなかこの小さな島に人が増える名案というのは、簡単には浮かびません。
でも、なにか画期的な案が、きっとあるとは思います。
写真を撮る僕としては、そんなことも何か伝えたいです。
トカラ列島のある十島村の副村長さんと、以前お話しした時、ネットの設備は全部整えた、とおっしゃっていました。実際そのとおり、どこの島へ行っても、役場の出張所に自由に使えるパソコンが置いてありましたし、一般家庭にも引けるようです。ドコモの携帯は、ほとんどの島で、よほど山影でなければ使えましたし、海の上でも使えました。
これからの時代、週に2か3便しかフェリーの来ないこんな離島が、仕事場として成り立つ時代も、ありそうな気がします。
実際、種子島に移住される方も、昔では考えられないインターネット商売系の人も増えていますから。今ある島の財産は、温泉と巨大魚の釣りでしょうか。
何か、島の発展にピンとくる方がいましたら、ご連絡いただきたいものです。
とはいえ、島に今住む人が、新しい人や動きを受け入れられるか?受け入れたいと思っているか?は別問題で、僕自身の考えているところでしかありませんが。
この旅で、風で島を渡り、ウミガメの撮影や調査をする。
ということを成し遂げたことに、自分自身に自信がつきました。
けれども、それにとどまらず、人間と自然の共存を、広い目で考えていきたいとも、考えます。
マストが折れる、という緊急事態を経験したからこそ、なお、自然の大きさ、人間の小ささ、を感じました。
けれども、人間のしていることは、自然を大きく動かしていることも感じました。
やはり、両方のバランスが大切ですね。
僕自身、もっと勉強していきたいです。
ドンブラコッコ、ドンブラコ。
と揺れるヨットに乗って。

自作のセイルもこんなに風を受けています。
ドンブラコッコ、ドンブラコ。
ゴールです。
マストが折れても、心は折らずに帰ってきました。
朝屋久島を出るときは、もう一日屋久島回りのコガメ探し、しようかと思っていましたが、
東風が強くなり、明日はもっと吹きそうなので、種子島の屋久島側に急きょ入港。
種子島ゴーーーールとなりました。
この写真が最後の出航写真となりました。
しばらくは、このところのスタイル、流れもの探し。
大きなやつを見つけてドボン。
いつもながらですが、新世界が広がっていました。

これらのフィルム写真を見るのが、楽しみです。
さて、風が強くなり、この旅も終りということになると、
どんなにお酒がなくてもこの時まで手を付けなかったワインの解禁です。
相棒とムンボツーと折れたマストに乾杯。
来年は、アカウミガメが老後を過ごしているだろう、台湾方面の南シナ海撮影調査に行こうと誓い、飲み干しました。
今日はホッとしているのと、疲れから、ブログはこの辺にしときますが、このカメライダートカラの全体の感想と考察?を明日書いてみようと思います。
本当にありがとうヨット。
ありがとう相棒。
ありがとう送り出してくれた家族。
ありがとう出会った方々。
ありがとう、最後に出会えたコガメ。
ありがとう、みなさん。
入港です。
ドンブラコッコ、ドンブラコー。
ドンブラコッコ、ドンブラコ。
昨日のコガメ発見から、今日も期待して、早朝の光で撮りたくて、朝一港を出る。
なかなか流れものが見つからず、晴れたり、大雨が通過したりの繰り返しに、太陽は昇っていってしまった。
屋久島は雨の島。ハワイのように虹がでる島だなと思った。
やがて、ゴミが見つかりだし、何度も何度も飛び込むが、カメの気配なし。
そして、昼前にとうとう大きな潮目を発見。
ゴミ沿いに泳ぐこと30分。
結局いない。
それにしても、相棒とヨットに感謝である。
黒潮の深さ何メートルかわからないところを、飛び込んで泳ぎまわっている僕を、
見失わず付いてきてくれるのだから。
ヨットが近づいてくると、ヨットの下はこんな風に見える。
鯨型の潜水艦のようでもある。
でも、流れものの下には、奇麗な世界があることを知った。
相棒と「新世界」と呼んでいたのだけれど、
大きなゴミであればあるほど、貝が付き、小さな魚が付き、だんだん大きな魚が付いている。
それが、色とりどりで、近寄ってもみんな逃げようとしない。
逆に、いい影が来た(この魚の稚魚たちは影が好きなようである)と、僕に寄ってくるのだ。
ナガレモノ写真撮り続けてみようかな?
季節によって、付いている稚魚も違うだろうし、本当に「新世界」。
竜宮城で、魚の踊りを見ているシーンにも似ている。
昼過ぎ、ちょっと風が強くなってきたこともあり、帰港。
すると、世界中の海でヨットを運ぶ仕事をしているベテランヨット乗りさんにお会いし、
長いこと話しました。
折れたマストをどうしたらいいか、といろいろ教えてくれました。
まともに修理したら、もう一艇ヨットが買えそうです。ふー。
なんとか、切り抜けなければ。
夕方、もう一度うみがめ館に行き、渡し忘れた自分の写真集を持っていく。
そして、車を返しがてら、温泉に浸かる。
あー、写真も沢山撮れたし、いい経験した旅でした。
天気次第ですが、そろそろ予定の1っか月。
家族も会いたくなってきました。
ドンブラコッコ。
やりました。やりました。やりました。
コガメを見つけ、写真撮影に成功です。
この広い海でコガメを見つけるのは、簡単ではないと思っていたのですが、
全てがうまくいきました。
フィルムでほとんど撮影したのですが、デジタルの写真を1枚お見せします。

確かにいます。
アカウミガメの赤ちゃんです。
今日は、当初予定していたコガメに夜行塗料の小さいものを引っ張ってもらって追跡する作戦に許可がいることを知らされ、がっかりし、でも触らなければいいということで、昼間のコガメ探し撮影に切り替えました。
ドンブラコッコ、ドンブラコ。
日本で最も産卵の多い幻想的な永田浜を朝出て(エンジンの調子悪く、朝整備してから)、
ここを夜中に泳ぎ出したら、潮に流されこの辺りまでいくだろう、というところまでヨットを走らせました。
向かい風でなかなか進みませんでした。
そして、このあたりかな?というところから、浮遊物のゴミなどを見つけたら、飛び込み撮影大作戦です。
水中マスクと足ひれをはき、首には水中カメラをぶるさげ、いつでんも飛び込める状態でゴミ探し。
小さいゴミも見つければ、飛び込みました。
まだ流れて間もないものには、何もついてませんが、ちょっと古いゴミには魚がついています。
4つ目のゴミには、相棒が「なんか甲羅みたいなのが見える」
と大興奮。
急いで飛び込むと、なんと残念、カニさんでした。
8回9回と飛び込んでも、なかなかいません。
もう、こうなったら100本ノックだ。
開始から2時間以上たっていました。
海のゴミは、普段何気なく走っていると、沢山あるのに、探すとなかなかないから不思議です。
小さいゴミも全部とびこんでやろう。とむきになっていた時です。
大きな潮目を見つけました。
200メートルほど、ゴミが連なっているのです。
飛び込むと、魚はたくさん付いているし、くらげも多い。
ちょっと大きい魚が、僕の下をグルグル回っていて、気持ち悪い。
サメとか大きな魚まで、集まってきてそうで。
小魚たちは、僕が近づくと逃げずに、寄ってくる。
僕を大きな流れものと間違えて、僕の下に隠れようとしているみたい。
これも、気持ち悪い。
今まで魚は、追うと逃げるものだったのに、寄ってこられると、なんか気持ち悪いものです。
でも撮影には向いていて、これもデジタルでカシャリ。
こんな流れものの道を泳いでいると、前方から手をパタパタと動かすコガメが、やってきました。
ヨットで待つ相棒に
「かめがいたー」
と大声で知らせ、あとは黙々と撮り続けました。
フィルムなので限度があり、しかも今まで飛び込んだ分、魚とかを撮影していたのでフィルムの残りはカメラ2台とも半分くらい。
それでも、手ごたえアリの写真が撮れましたっ。
ヨットに帰り、相棒と大喜び。
記念すべきいい一日となりました。
この後、何度か飛び込んだけれど、手ごたえ無く、港に入港。
明日は朝の光で、コガメ探ししたいと思い、
相棒と祝杯をあげながらも、早寝して朝に備えます。
そうそう、屋久島の友達が、とてもよくしてくれて、快適な睡眠がとれそうです。
明日もドンブラコ。
朝、宮之浦という屋久島の海の玄関口の港で目を覚ます。
ここから、すでにウミガメの里、いなか浜(永田浜)までの看板が出ているから驚きです。
無くなっていた食糧や水を補給し、一湊という港へヨットを回す。
ドンブラコッコ、ドンブラコ。
とても、いい港。そして、いい町。
そこから、永田浜という、日本のウミガメの銀座へ向かおうと、スケートボードで滑りだしたが、
どうにも山超えが必要。
途中であきらめてもどってきた。
そして、今度はバスで行こうと、バス停に行くと3分前に出たばかり。
次は2時間後である。
しかたなくヒッチハイク大作戦。
なかなかむさくるしい男2人が親指をあげても、止まってくれない。
そうだ、と思いだし。
ノートに太い字で「永田浜」と行きたい先を書き、掲げた。
すると、若い島のお兄さんが止まってくれたのです。
「今度ヒッチハイクの人見つけたら止まろうと思っていたんです」
と、旅行者に嬉しいお言葉。
「この島の何がいいのか聞きたくて」
と、これまた素敵な言葉。
「僕らはウミガメの写真撮りたくて来ていて、ここは北半球一の産卵地です。」
といいました。
もちろん知っていましたけど。
さて、そこで屋久島うみがめ館の代表の方にお会いして、忙しい中いろいろお話聞きました。
もう何十年もウミガメ調べている大先輩です。
いろんなこと知っています。
ためになりました。

これは1歳のアカウミガメ。僕は自然の中で出会うウミガメにしか興味がないので、あまり写真を撮る気にはなれないのですが、1歳というのがどれくらいの大きさなのかがわかったので、よかった。
でも、僕らが今回やろうとしていたウミガメ追跡大作戦は、ウミガメの捕獲(ちょっと触るだけなんですけどね)許可を取らないといけないらしく、公表するなら捕まってしまう。と言われ断念。
その代わり、いろいろ方法を探してくれます。
うみがめ館の調査目的のものに付けることが可能かもしれないと、日を改めて来ることに。
でも、一度種子島に帰ったら、ヨットもこんな状態なんで、なかなか来れる機会がなさそうなのが残念。
でも、あきらめません。
同時に行おうとしていた、昼間の流れ藻についてるコガメ調査大作戦に変更。
触らずに、写真撮影すれば問題ないのです。
これをあと3日やって、島に帰ろうと思います。
ヨットをさらに永田浜の近く永田港に移動。
途中、セイルの穴に気づき、相棒がリペア。
なんとか、島まで帰らねば。
エンジンの調子も悪くなってきました。
明日は、朝からエンジンチェックし、流れ藻大作戦に出る予定です。
昨日出てきた口永良部に夕日が沈んでいきます。
旅の終わりが近づき、寂しくなってきました。
ドンブラコ。
ドンブラコッコ、ドンブラコ。
朝から、いつもの味噌汁ご飯を食べ、島の残りを砂浜探しに出航です。
結局、滝などはあったけれど、浜は見当たらず、この島のメインの港に入港。
早速、小学校を目指しました。
今回の旅で、初めての島の名前でない小学校。
人口は149人。小中学生は13人。
なんだか、若い人ともすれ違う島です。
小中学校につくと、校長先生がお話ししてくれ、
詳しい人がいると、わざわざ呼び出していただいて、いろいろくわしく話を聞けました。
屋久島のうみがめ館に電話をして、卵の移植なども行ったことがあるというから本格的な方でした。
島の北側にある砂浜で、小学生がプールのかわりに、泳ぎの練習をする砂浜があるのだけれど、
砂が減って来て、授業が出来ないという話。
軽トラに乗せていただいて、現場まで連れて行ってくれました。
この岩場は全て砂だったといいます。
ここは、特に護岸工事を行っていないので、大雨で流されたり、海面上昇が原因じゃないかと、おっしゃってました。
人工物とは関係なく、砂浜浸食は進んでいるということでしょうか。
昨日、ヨットで小さな砂浜を見つけて近づいたのですが、ここはそこでした。
この近くに、いつもウミガメが顔を出すところがある、と連れて行ってくれましたが、残念ながら顔はださず。でも、面白い話、聞きました。
頭にコバンザメが付いていたときがあって、ちょんまげみたいだったというのです。
そんなことがあるんですね。写真撮りたかった。
さて、古い砂浜写真が出張所にあるというので、見てきました。
フェリーがつく岸壁のある側の砂浜。
防波堤がないころは、こんなにも砂浜が付いていたのです。
見えますか?写真中央あたりで波が割れて砂浜が奥に広がっています。
ところが今はこんな感じ。

ほとんど浜はありません。
砂の場所が変わって、奥に砂が付いているとのこと。
20頭くらい産んでるよ。
というので、見に行くと、掘った穴の数はざっと50。
この旅で最高の穴の数です。
でも、そのうち産んでるだろうな、というのは半分もありませんでした。
砂を掘ると、大きめの石がでてくるので、やめてしまうようです。
ウミガメ目線で浜を見ると、こんな感じ。
帰るときはこんな感じです。

産卵跡のうち、一番奇麗だったのはこれでした。

さて、これでこの島は最後にして、屋久島に向かうことにしました。
屋久島では、孵化したコガメが泳ぎ出すのを、追っていこう、という企画です。
そして、なぜ屋久島のいなか浜にアカウミガメの産卵が集中するのか?も考えたいと思っています。
いなか浜の沖に来ると、やはり白い砂が目立ちます。
ウミガメは目が大きいし、浜を息継ぎで顔をあげたときに見ているのでは?とも考えられます。
とはいえ、僕の暮らす種子島には、もっともっと砂浜があります。
なぜでしょう?専門家に聞いても、いろいろ説はあるけれど、はっきりしていないとのこと。
海の中に「こちらで産卵を」とでも看板がでているのでしょうか?
明日は昼間ゆっくりして、夜中動こうと思います。
ドンブラコ。
愛用品 その18 「フサノスケさんの」
用途:大切な時に、テキーラなど強いお酒を飲むとき用
呼称:フサノスケサン
僕の親友のひとり、フサノスケさんの作品。
白磁器で、水玉の穴が空いている奴がまた素敵。
旅に連れてってますよー、フサノスケさん。
愛用品 その16 「ノート」
用途:この旅のメモ
呼称:ノート
いつもリュックに入れて持ち歩いている。
パソコンの時代でも、やはりこれですね。
愛用品 その15 「ゴミ箱」
用途:そのまんまゴミ箱
呼称:全ての武器を楽器に
空き缶、缶詰、ゴミ、なんでも分別して放り込んでいます。
正確には、放り込んどいて、あとで分別しています。
なかなか捨てるところはなく、燃やせるもの以外はほとんどお持ち帰り。
このステッカーは沖縄のミュージシャン喜納昌吉さんの言葉。
最高です。
愛用品 その14 「自動傾きカセットコンロ」
用途:米炊き、コーヒーなど調理。
呼称:コンロ
ヨットの揺れに合わせて傾くすぐれもの。
最近は、甘い紅茶を沸かして飲むのが流行っています。
朝5時に起床。で
6時過ぎに、出航。
ドンブラコッコ、ドンブラコ。
口永良部島へ向かいました。
朝日がまぶしく、朝の白い月を見上げて見ると、綿あめのような雲が南から迫ってきます。
黒潮に乗って、エンジンと自家製ミニセイルで追い風を受け、7ノットで航行。
予定より早く、2時前には口永良部近くにたどりつきました。

この島には砂浜はない、と聞いていましたが、見てみないとわからない、あるかもしれない、というのがこの旅で学んだこと。
とりあえず一周してみることにしました。
美しい灯台がこの島にはいくつもあります。
秘境の温泉もあるのだけれど、今年の大雨、長い梅雨で、道路や温泉自体が崩れていて、
大変なことになっていることが、海から見てわかりました。
およそ2/3ほど島を回ったところ、ほんの少し砂を発見。近づいていくと、引き潮の今だけ顔を出す程度の小さな砂浜。
双眼鏡で見ても、産卵の様子はない。
スルーして、先へ進みました。
すると、地図にはない岸壁を発見。
ヨットのマストも見えます。
今日はここに泊めようか、ということになり入港。

屋久島の見える岸壁に、短いマストのムンボツー。
哀愁が出てきました。
予定より早かったので、僕は水中カメラ持ってドボン。
種子島に近づいたのに、なんだか魚の種類はトカラよりも多い気がしました。
サンゴ礁と魚を一生懸命撮っていると、アオウミガメの子供が
「なにやってるのー」
と偵察に来た。
「おいでーおいでー遊ぼうよー」
とピントを急いで遠い方に合わせたけれど、
スー、と泳いで行ってしまいました。
水中写真はフィルムなので、お見せできないのが残念ですが、
秋から冬に写真展やるので、そこで見てください。
さて、その間に相棒はアナゴ取りに。
亀の手とよばれる貝も取ってきました。
ゆがいて、醤油付けて、パクリ。
ヨットにある最後のお酒ワンカップがよく似あいました。

すると、お隣のヨットからお客さんがいらっしゃり、冷たいビール持参できてくれ、
大感激。
奄美まで行かれるということで、通り道のトカラの情報を得意になって話しました。
「それにしても、デスマストはじめて見たよ。」
と言われました。
「でも、こんなにして走ってくるから大したもんだ。これなら世界一周いけるよ」
悲しい状況ながら嬉しく、今のムンボツーが、誇りに思えました。
次にお隣さんの立派なヨットにご招待され、冷蔵庫からサラダを出してきてご馳走してくれたり、
お酒もどんどんついでくれ、幸せな夜でした。
その人の生き方も素敵でした。ヨットにはその人の性格がよく現れます。
とても、手のかけた、素敵なヨットでした。
ヨットの世界は、仕事の肩書抜きで、自然の中で人間は小さいということを思い知らされているもの同士、命をかけているといった感覚も手伝い、すぐ打ち解けられるところに、とても魅力を感じます。
最後にこれまた素敵な温泉に一緒に入り、明日早いということで、おやすみなさい、しました。
電波が入らなかったので、一日遅れのアップとなりました。
ドンブラコ。