冷たい北西風に乗って、ケイソン、カズさん、傳次郎さんが風上から島にやってきた。
ライブとスライドショーをやりながら、クルマで南に向かってきたのだ。
見ていると、こんなリズムの旅は、いいな、と思う。
そういえば、だんだん忘れてきてるな、と思い、
クルマで旅に出よう、そう思った。
一緒に、だけどバラバラに、海に入ったり入らなかったり、ビーチでゆっくり過ごし、
さっき、夜のライブのセッティング終了。あとは開演待ちです。
傳次郎さんの写真集、素敵です。
そういえば、僕の写真集の表紙の波待ちしてるのは、ケイソンだったのです。
http://www.kumemitsuharu.com/store/
冷たい北西風に乗って、ケイソン、カズさん、傳次郎さんが風上から島にやってきた。
ライブとスライドショーをやりながら、クルマで南に向かってきたのだ。
見ていると、こんなリズムの旅は、いいな、と思う。
そういえば、だんだん忘れてきてるな、と思い、
クルマで旅に出よう、そう思った。
一緒に、だけどバラバラに、海に入ったり入らなかったり、ビーチでゆっくり過ごし、
さっき、夜のライブのセッティング終了。あとは開演待ちです。
傳次郎さんの写真集、素敵です。
そういえば、僕の写真集の表紙の波待ちしてるのは、ケイソンだったのです。
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冷たい北西風に乗って、ケイソン、カズさん、傳次郎さんが風上からやってきた。
スライドショーとライブをやりながら、クルマで南に向かってきたのだ。
見ていると、こんなリズムの旅は、いいな、と思う。
そういえば、だんだん忘れてきてるな、と思い、
クルマで旅に出よう、そう思った。
一緒に、だけどバラバラに、海に入ったり入らなかったり、ビーチでゆっくり過ごし、
さっき、夜のライブのセッティング終了。あとは開演待ちです。
傳次郎さんの写真集、素敵です。
僕の写真集は、こちら。
飛行機や電車の移動は大好きだ。日常生活はバタバタと過ぎ、ゆっくり本をなかなか読めない、というか、読もうとしないので、サラリーマン時代に唯一学んだ、電車で読書、という楽しみを、実行できるのである。
僕は自分がカメラマンだと、意気込みながらも、文を書くのが嫌いでもない。すごく遅いのだけれど、自分の撮った写真には、例えば雑誌の特集やコラムに、誰かに書いてもらうより自分で書いた方がいい、と勝手に思うのであります。
前回の移動は、浅田次郎に夢中になり「飛行機よ、まだ下りないで、もっと飛んでてくれ」と真剣に思ったほどであったが、今回は椎名誠にやられました。
僕のことを「椎名誠に似てる」近所の居酒屋ひなの屋の大将がそういうのだが、昔読んだ記憶から、勝手なこと書いて、他人をバカにして、嫌いな人だったので嬉しくなく、そんな風に見られているのか、と悲しかったぐらいである。
けれども、「ここ読んでみて」と大将はしおりまで挟み、僕に本を貸してくれたのだ。
本人の日記をまとめた本なのだけれど、旅に行きまくり、忙しく本やコラムを書き続け、自然や仲間と遊ぶ時間もしっかり作っている。なるほど、面白いかもしれない。他人をけなすのは相変わらずなのだけれど、他人に同調せず、自分の考えを表すことは、真似しようと思ったって、なかなか出来ない。
なんでこの人の本が売れているのか、今まで理解できなかったのに、読み終えると、他のも読んでみよう、なんて思っている。
今まで嫌いだったのは何だったのだろう?多分椎名さんは何も変わってなく、読む側の僕が、変わったのだろうか?
似てると言われるのは光栄だけれど、今の僕はまだまだである。
僕は自分がカメラマンだと、意気込みながらも、文を書くのが嫌いでもない。すごく遅いのだけれど、自分の撮った写真には、例えば雑誌の特集やコラムに、誰かに書いてもらうより自分で書いた方がいい、と勝手に思うのであります。
前回の移動は、浅田次郎に夢中になり「飛行機よ、まだ下りないで、もっと飛んでてくれ」と真剣に思ったほどであったが、今回は椎名誠にやられました。
僕のことを「椎名誠に似てる」近所の居酒屋ひなの屋の大将がそういうのだが、昔読んだ記憶から、勝手なこと書いて、他人をバカにして、嫌いな人だったので嬉しくなく、そんな風に見られているのか、と悲しかったぐらいである。
けれども、「ここ読んでみて」と大将はしおりまで挟み、僕に本を貸してくれたのだ。
本人の日記をまとめた本なのだけれど、旅に行きまくり、忙しく本やコラムを書き続け、自然や仲間と遊ぶ時間もしっかり作っている。なるほど、面白いかもしれない。他人をけなすのは相変わらずなのだけれど、他人に同調せず、自分の考えを表すことは、真似しようと思ったって、なかなか出来ない。
なんでこの人の本が売れているのか、今まで理解できなかったのに、読み終えると、他のも読んでみよう、なんて思っている。
今まで嫌いだったのは何だったのだろう?多分椎名さんは何も変わってなく、読む側の僕が、変わったのだろうか?
似てると言われるのは光栄だけれど、今の僕はまだまだである。
木曜日朝、歩いてお墓詣りしてから新宿へ。実家から離れて暮らしていると、最近は帰るとお墓に挨拶に行きたくなる。僕がいるのも先祖がいるから。そんな思いがそうさせています。新宿に着くと、大好きな友達、ヨドバシくんちに行く。このカメラ屋さんは、一日いても飽きない。写真学校も出ていない僕に とって、白黒の現象やプリントから、デジタル化したカメラまで、ここで知識をもらっているのです。デジカメを買おうと思ったけど買えず、この日のヨドバシくんは意地悪でした。昼から茅ヶ崎の林スポーツクラブに海掃(かいそう)というNPOの顧問になりそうで、挨拶に行く。これは、「海が綺麗になれば、こころも綺麗になる」を合い言葉に、子供たち中心に活動している組織。世界中の子供まで視野に入れた、夢を持った組織がこの度NPOになるとのこと。
その後は、鎌倉のアニキと打ち合わせ。ミュージシャンとのスライドショーをいつも取り仕切ってくれて、会って話すと、いろいろアイデアや意見を言ってくれる頼れるアニキ。鎌倉島の先輩仲間とご飯を 食べ、お酒を飲み、満月だったのでムーンライトサーフィンへ。月明かりしかない島でのそれと違い、暴走族がパラララパラララと音を響かせ、パトカーが忙しなく走り回る国道を背に、波を待つ。四人で乗り放題。無風で寒さはあまり感じず、至福の二時間でした。
金曜日
アニキの家で起き、羽田へ。
やることやった。島に帰ろう。
月曜日朝港に行くも時化ていて出航できず、子供と朝飯食べて空港へ。乗り継いで羽田につくと思ったほど寒くない。サムズアップのスライドショーは前に書いたから省くとして、その日は近くのホテルに泊まり、ひとりでお疲れ様缶ビールを飲みいつの間にか目覚ましもかけずに眠りに落ちる。
火曜日
八時に飛び起きた。九時からの打ち合わせがあり、楽しみにしていた朝食バイキングも食べれず電車に飛び乗る。かなり遅刻してしまったが、相手も都合により遅れ、セーフ。その後、来月のハーバー ド大学卒業生の定例会でスライドショーやるための打ち合わせに、写真集を作ってくれたブエノブックスへ。そして会場を見に、霞ヶ関の新生銀行二十階に行くと、大きなガラス張りの窓から日比谷公園が見える。その回りはビルだらけ。島の友達が見たら、ビックリするだろう。僕もビックリである。そして、喫茶店で昔懐かしのミートソースを食べ、ガルズバーの展示写真の入れ替えに行く。
そして夜は二十年ぶりに会う友達と飲む。二十歳の頃一年間放浪していたハワイとオーストラリア。そのオーストラリアのマーガレットリバーで出会った友人です。これは楽しかった。忘れかけている楽しかったこと、自分の性格を変えたあの時期のことを思い出して、あっという間に時間が過ぎていく。僕のことを書いてくれた朝日新聞を見て、連絡してくれたのが再会のキッカケだった。
久しぶりの実家に、真夜中に帰るも、両親が起きてきて、けんちん汁を出してくれる。親父と泡盛を二杯飲み、就寝。
水曜日
満員電車に乗り、僕に力を貸してくれているクレディコムという会社に行く。車内のあまりの臭いと酸欠に、気分が悪くなった。そして短かったサラリーマン時代の通勤一時間半、その出社初日を思い出し、疲れた隣りのサラリーマンをみて、自分の生き方がこうであったかもしれないと思った。
午後は、エココロという雑誌社の編集長さんと会い、そして写真コラムを連載しているアウトドアジャパンのオフィスに行く。そこで友人のカメラマンの奥さんに偶然会い、そこで働いているというから、東京は広くて狭い。
夕方から高校からの友達でミュージシャンのテラチュウと飲む。ジャンルは違えど、ドリーマーなところなど、感性はかなり合う。ドリーマー同士の悩みも分け合い、前もやったけど、また一緒に何かやりたいね。と意見交換。
その後、三宿のガルズバーで、先日撮ったミナチャンのCDジャケット写真を見て、打ち合わせ。帰宅。
横浜サムズアップでのスライドが終わった。
初めての場所だったけど、雰囲気最高の店内でした。そしてマスターも常連さんも最高。一緒にやらせてもらったミュージシャンの日倉士歳朗さん佐藤克彦さんも最高に素敵なギターでした。初めてお会いしたお二人でしたが、優しく受け入れていただき、僕の写真とも相性バッチリ。やっぱり音楽は大きな力がありますね。
旅で出会った福島の友達達が来てくれたのも嬉しかった。
お客としてでも、また来たいです。
そして、人前は苦手ですが、カメ写真話しについては、どんどん出ていこうと、決意を新たにした次第で、もっと自分を変えていこうとおもいます。
「変身カメーライダー」
初めての場所だったけど、雰囲気最高の店内でした。そしてマスターも常連さんも最高。一緒にやらせてもらったミュージシャンの日倉士歳朗さん佐藤克彦さんも最高に素敵なギターでした。初めてお会いしたお二人でしたが、優しく受け入れていただき、僕の写真とも相性バッチリ。やっぱり音楽は大きな力がありますね。
旅で出会った福島の友達達が来てくれたのも嬉しかった。
お客としてでも、また来たいです。
そして、人前は苦手ですが、カメ写真話しについては、どんどん出ていこうと、決意を新たにした次第で、もっと自分を変えていこうとおもいます。
「変身カメーライダー」
でーきた、できた。横浜サムズアップさんでのスライドショーの完成です。これから、これを持って、いろんなとこでやっていこうと思ってます。
今の久米満晴写真研究所を出し切り、納得の仕上がりとなりました。
今夜が楽しみ。
飛行機に乗って行ってきます。
ミタケオアシン。
この言葉の意味は、スライドショーで。
土曜日は、いつもの子供達(小学生)のサーフィン教室。2年前は、水が嫌いでいつも砂浜で遊んでいた子が、
今はひとりでテイクオフして、波に乗っていく。
子供って、凄い。
そして、この年でサーフィン始めてるなんて、羨ましい。
日曜日は、島で友達の結婚式。
海辺で人前式、そして、あったかいパーティー。
だいたい、僕は写真担当なのだけれど、毎回思うのは、お金じゃなくて、友達が多ければ、
いい式ができるということ。
島、というちょっとやそっとじゃ外に出れない閉塞感が、仲間意識を大きくしているのだと思う。
そして月曜日は、家族と遊ぶ日。
自転車で図書館に行き、散歩で小さな小さな動物園のある公園へ。
僕も3人兄弟だけれど、僕の子供も3人兄弟。
3ていう数は、なんかいい。
そして、そして火曜日。
10日の横浜サムズアップでの映写会の準備を本格スタート。
今回は時間が短く感じられるようにしたくて、新しいやりかたを試作中。
寝る時間も惜しい。
毎朝の定置網漁が始まっているから、普段は朝5時起きだけど、今は4時半。
島も寒くなってきた。
でも、朝日ではじまる一日はいい。
突然のハガキですが、憶えていますか?
そんな書き出しの葉書が届いた。
この書き出しは、相手が手紙を読み進みたくなる決めの殺し文句だ、と思う。
読みたくて仕方がない気持ちを抑え、まずは写真から。
校舎か何かの前で、息子を肩車したお父さんの写真が、印刷されていたのです。
長い間暮らしている人にしか見せない眼差しで、ほんのり笑うお父さん。
その肩の上で、カメラを向けられた瞬間そっぽを向いてしまう、悪ふざけ盛りの息子。
お母さんにしか撮れない、素敵な写真だ。
さて、そのお父さんの顔を見てみるけれど、どうしても思い出せない。
読み進めると、なんと20年前にサーフィンを一緒にした友達だっ。
お互いテケテケの初心者で、場所はなぜかオーストラリアのマーガレットリバー。
今までで最も刺激的だった、1年間外国生活の時の友達だから、あー懐かしい、会いたいな。
この葉書で、僕はその頃の記憶を思い出し、とっても楽しい気分になった。
こんな風に、人を喜ばせることのできる写真葉書を、僕は作りたい。
この数日間は、めまぐるしかったー。定置網漁の準備に、日の出から夕暮れまで3日間びっしり海の上でした。
これから6月まで、毎朝休みなく、漁は続きます。
大変だけれど楽しい、それが、漁業。
気が付けば12年。
海の上が仕事場なんて、贅沢です。
その前は、廃天ぷら油から燃料作りに追われていたのだけれど、
波のある日が続き、夕方になるとサーフボードとカメラを持って海へ。
うろこ雲のきれいな日が多かったのが印象的でした。
日曜日は、漁の準備を半日休ませてもらって、WEVE
FESTAというお祭りに、
写真展示と映写会をしに行ったのだけれど、雨のため何も出来ずに終わりました。
残念。
でも、いいこともあって、父のカメ好きを子供は見ているようで、
長女のすずは、石に色を塗って、持ってきてくれました。
こういうものに、親はシビレマス。
初めてサーフィンしたのはショートボードだった。3年ほどしてロングボードに乗り、以来15年余り長い板に乗り続けた。ところが最近車にロングボードを積まなくなった。ショートボードが楽しいのだ。新しいサーフィン。下手は下手なりに楽しく、上達が感じられ、海に入るのが新鮮なのです。
同じことを続けることは大切なこと。でも、たまには変化を付けるのもいいものだ、と改めて感じています。
今日は漁師の集まりでゲートボール大会と飲み会。老人の娯楽と、簡単に考えてはいけない。
頭脳戦であり、正確さが要求され、奧が深いのです。
でも、笑い声の絶えない、ほのぼのとした時間。
3時から飲み会が始まり、明かるいうちにダウン。
大漁祈願。
2日間、満月撮影をした。月の出の場所を探すのは、結構難しい。
時期により出る場所は変わるし、水平線ぎりぎりは曇っていることが多いから。
1日目は高台から、海から出る満月を狙った。
機材をセットして、月の出の時刻を待つ。
この時間がそわそわしていながらも、好きな時間。
やがて時刻を過ぎて、海の上の空に目を凝らしていると、
横長の月がぼんやり見えてきた。
望遠レンズで海と月を一緒に撮れるのは、月が見えてからすぐの時間に限られる。
カシャリカシャリと撮り続ける。
その後、宇宙センターに向かい、ロケットと月を一緒に撮影。といっても打ち上げ時期ではないので、ロケットは実物大の偽物だけれど、雰囲気は十分だ。
2日目は椰子の木と月を狙った。
昨日月の出の方角を確認しているので、この日は狙いがつけやすい。
椰子の木の向こうに月。20歳の頃、ハワイで見た、忘れられない光景を写真に撮りたいのだけれど、 椰子の木のと距離、月の角度、など狙うとなかなか一致する場所がないものだ。
この日も、概ね狙った感じには撮れたけれど、距離が違った。
また、撮ってみよう。
満月の頃になると、寝不足になる。
定着網漁の準備が始まった。11月から6月までが漁期で、毎朝日の出を海の上で見ることができる大変だけど楽しい時期。準備をしていて思った。砂浜によくビンダマが打ち上がっている。自分の物じゃないと思っているけど、こうして修理していると、沢山なくなっていることに気づく。
気づかないところで、こんなこと沢山あるのだろうな。
友達の友達から始まった友達御一行様が、島にやってきた。島のような雰囲気のある鎌倉で暮らす方々。波が無く、残念なトリップとなってしまったけれど、鎌倉の人たちの雰囲気は何か素敵だと思う。家族ぐるみのお付き合いで、楽しい時間でした。飛行場の見送りでは、雨の中飛び出して手を振るかと思えば、まずはこんな有り様。飛行機からみえたでしょうか?
素敵な結婚式だった。朝の新婦がドレスに着替えるときから、みんなが酔いつぶれる夜中まで同行撮影し、一日中幸せに満ちた日。最後のキャンプファイヤーで乾杯を唱えると、火がそれまでよりも急に燃え盛り、みんなの顔を照らし出した。
実際にはオレンジ色の火が、写真にしてみると色温度の関係か紫色に写った。
写真は時折、写偽となる。でもまあ少しくらい間違ってしまうくらいが、いいのかもしれない。
ひょんなことから、CDジャケットを撮らせてもらえることになり、早朝から撮影にでかけた。晴れ予報が雨曇りになり、前日は気が気でなかったけれど、太陽のでる撮影日和。12時間で久しぶりに500回以上シャッターを切った。その時は勢いで集中しているけれど、終わってみるとかなりの疲労感があった。でもそれ以上の達成感と光栄だなと思う気持ちがある。
きっと彼女は人気が出そうだから。
これで江戸出張日程終了。
次回は11/10横浜サムズアップというライブハウスでミュージシャンとスライドショーで共演予定いただきました。
お近くの方、いらしてください。詳しくは後日スケジュールに入れておきませす。
バタンキュー。

東京にきました。
今日はアルバムジャケット撮影の打ち合わせ。
初めてお会いした彼女は、とても素敵な人で一安心。そして打ち合わせが終わり、歌を聞かせていた
だき、参りました。心に響きました。こんな間近で、この歌声は、鳥肌が立ち、涙が出そうだったの
は、決してオーバーではありません。
撮影が楽しみです。
波は波でもエスカレーターの波に、何度も何度もテイクオフしている都会の久米より。
来週、友達の結婚式があるから、今日はそのリハーサル。島では、これまで手作りの結婚式が、幾度となく行われてきた。
島で生まれ育った彼と、島にやってきた彼女。
ふたりを祝福するために、毎晩のように、みんな集まり、打ち合わせをしている。
結婚式場にお願いするのが当たり前の世の中だけど、本来はきっとこういうもの。毎回、とっても素敵な結婚式だ。
いつも写真係の僕は、二度とない手作り結婚式を撮るのは大好きだ。
でも、いつも心が痛む。妻とは式を挙げていないから、妻に申し訳ないなあ。そう思い続けて12年。いつか必ず。また、そう心に刻むリハーサルでした。
茅ヶ崎で偶然出会った八年旅してるという、オーストラリアからの旅人サーファーとの一週間だった。一緒に台風の通過を過ごすなんて、サーファーにとっては波があるから楽しくて、いい思い出が沢山できた。旅はいいな。旅は毎日が新しい事の連続の毎日。身も心も疲れるけれど、その分心に年輪が刻まれて、太くなっていくような、そんな気がする。
そしてちょうど同じ時に、自分が行った旅先で出会った仲間が友達を連れてきてくれた。
それがまた、面白いメンバー。みんな人を魅了する芸があって、それで生きているのだ。スノーボード界、サーフボード界それにギター。
そんなみんなで囲炉裏を囲んで輪になる。
友達のわ。
朝、下の子供を保育園に送り、忘れ物のおしゃぶりをミラーにぶら下げたまま港に向かう。日本一周の旅で出会った仲間が友達を連れてやってくるのだ。
ついたその日から軽くファンウェーブで1ラウンドし、もてなすはずが、お手製のイタリアンを作ってくれた。とてもおいしいと思ったら、店をやっていたというから納得。
楽しそうな人たちだし、台風の波がたちそうだし、これからが楽しみ。
今日は土曜日。午前中は町のサーフィン教室だ。娘と25人の子供たちと海へ。キャンプしてるオージーの友達もやってきた。久しぶりに冷たい風が強く吹く中でも、子供たちは楽しそう。昼に家でうどんを外人さんに振る舞い、妻と娘と大人のサーフィンへ。
子供にも大人にも「サーフィンハトッテモトッテモタノシイヨ」(画家松田大児さんの作品から)
台風のうねりも落ちついてきた。しかし、また次の台風が天気図にある。
波のない夏だった分、これからが楽しみ。
種子島には、野生のしかがいる。必要のない新空港が島の中央にある山にできてから、彼らは行き場を見失い、人里によく顔を出すようになった。農作物も荒らされると聞く。
「百年後を考えて行動した方がいい」
僕の好きな画家さんの考え。
しかたない、しかたないでは、言い訳でしかない。
テントで目覚める朝。子供たちはここから学校や保育園へ、僕も天ぷら油集めの1日だ。
最近需要が増えて、油が足りないのだ。
そんな中、今から船に乗って種子島に向かうと留守電に英語の声。
落ち合ってキャンプするというので、夕暮れに南のキャンプ場へ。
かなりいい波に一時間サーフィンと写真。
いい。
最近需要が増えて、油が足りないのだ。
そんな中、今から船に乗って種子島に向かうと留守電に英語の声。
落ち合ってキャンプするというので、夕暮れに南のキャンプ場へ。
かなりいい波に一時間サーフィンと写真。
いい。
もらったテントを広げてみたく、秋分の日に海へ。朝から肩くらいのファンウェーブがわれるポイントにテントを張る。大きいテントだ。そして、一緒にもらった初めてのエアーマット体験。
その心地よさは見ての通り。
夜は仲間がやってきて、火を囲む。波、仲間、ギター、満天の星。
種子島の名物が、久しぶりに揃った。
そんな写真を撮った。
急に台風14号のうねりが入り始めた。妻からそんなメールが入り、天ぷら油集めの仕事を済ませてから急いで海へ。
この切通を過ぎると、ポイントに着く。いつもワクワクする道。
夕暮れまでの一時間。
水中写真とサーフィンで満喫。
明日は波のあるキャンプになりそうで楽しみだ。
久しぶりに友達が島に帰ってきた。島を出て帰ってくると、新しい風を吹き込んでくれる。
楽しい遊び道具を持ち帰ってきたのだ。
それで遊ぶのがとても楽しみ。でも、それ、が何かはお楽しみ。
その話に盛り上がりながら、庭で魚を焼いていると、「空がキレイ」と娘が指さす。
ここしばらく考えていた、来年のカレンダー写真のテーマが決まった。
皆既日食のある年だし、「月と太陽」でいこう。友達や家族から、僕は発想を沢山もらっている。
1日中海に浸かっていて最高な日。台風一過に友達の友達のサーフィン撮影。
波はサイズダウンしてたけど、楽しい人たちで、楽しかった。
今からこの写真額に入れて、届けに行きます。
朝から雷と大雨に強風。波チェック後、ローカルテレビに、ウミガメ写真の話しで声だけの生電話出演。子供たちはテレビの画面と後ろで電話してる僕とを見比べて、不思議そうな顔していた。そして図書館にいって、台風対策にみんなで本を借り(僕は赤塚不二夫対談集)、台風の写真撮りとサーフィンに、ひとりでドライブにでかける。
波のように荒れ狂うサトウキビの葉を、びしょ濡れになりながら撮り、波もよかったのでサーフィンタイム。
これでいいのだ。
小ぶりで素朴な味の島バナナが実をつけた。楽しみにしている人が多く。勝手に人の畑のそれを盗んだりしたら、バレた時にはただでは済まされない。さて、今は嵐の前の静けさ。波も小さい。やがて大きな大きなバナナの葉が、ユッサユッサと揺れはじめ、しまいには千切れ千切れになるだろう。
久しぶりに島に台風がやってくる。
台風は向かって来ているのに、波のサイズはダウン。朝から時折大雨。頼まれているサーフィン撮影は、今日は無理のよう。そこで家族を乗せて、島をドライブ。
久々に大きな町にでて、レンタルDVD屋へ。
ペンギンがサーフィンしているアニメ映画の大波に、家の中に大歓声があがった。
雨やみにシャボン玉をする。
今日はゆっくり、シャボン玉ホリデー。
波があります。
この2日間は、日の出から日没後まで、海辺にいれて幸せ。写真もだけどサーフィンもできて、とってもいい。
結構大きい波に転がり回っています。
あえて波の写真でなく、赤ちゃんガメのワイプアウト写真で。
台風のうねりが入った。急いで海に向かう。サーフィンも好きだけれど、この時のはやる気持ちも好きだったりする。
これを見ると、あることがわかる。それは、この夏、台風が島にやってきていないこと。
例年ならば、強風に倒され、それでもまた天へと伸び、弧を描いているのである。
南海上から台風が北上を始めた。
農業漁業の方などには不謹慎だが、島のサーファーはソワソワ。
慌ただしい週末が、やって来そうだ。
日本一周天ぷら油の旅から2年が経った今も、天ぷら油で走行中だ。今日はその工場で燃料作り。廃校になった中学校の美術室が工場だ。僕は旅の経験から、自由出勤で、燃料作りを手伝っている。
原油高なんて怖くない。天ぷら油万歳!
カメランをした。カメラ持って、浜辺を走ること。(カメ探しも)
今日は、探している小さなカメの足跡はなく、鳥らしき大股の三つ指。
砂浜は、子供の落書き帳のようだ。
島に帰ってくると、いつも島の良さを再確認する。ウミガメが孵化し、海に向かう姿を探しに息子パチと夕方の海へ。
足跡ひとつ発見。
小さな幸せだ。
東京に来ている。
体の調子が良くなく、実家に早めに帰ろうと思ったが、ふいに島にない映画館でゆっくり映画でも見て帰ろうと思い、ふた昔以上前に「ET」を見た映画館へ行ってみた。
僕は殺人ものや、ホラーものは大の苦手。消去していくと、残ったものは「崖の上のポニョ」だった。
四十才目前の男が、ひとりでポニョもどうかと思うが、それしかない。というか、面白そうだ。
開演時間まで一時間あり、これまた島にはない巨大本屋で時間を潰していると、「シマダス」という日本の離島全てが載っている本を見つけ、島好きな僕は申し訳ないが立ち読みにふける。
気付くと、ポニョが始まっている時間だった。
仕方なく、最近読めていない単行本を買い、喫茶店へ。
すると今度はあまりに大当たりのその本を読みふけり、最終バスがなくなってしまった。
ここでタクシーじゃ、バチが当たる。歩いてみよう。一時間以上歩いた。二時間近かったかもしれない。
でも何だか体の調子の悪いのを忘れていた。ずっとポーニョポニョポニョの歌が頭をめぐっていたけれど。
写真展「うみのこーThe Children of The
Seaー」が終わり、一段落しています。写真展についてはレポート見て下さい。
今日はゆっくりサーフィンデイにしました。
波はサイズなく、小学校一年生の長女には最高の波。
長女にマル、バツ、サンカク、のジャッジをしながら、楽しい海時間でした。
楽しい海時間、といえば、写真展中に写真集製作でお世話になった方と、海に行ったこと。
忙しい東京生活を送る人が、種子島の朝焼けの海で初サーフィン。
しかも運動神経良く立ってしまったから、かなり楽しかったんじゃないでしょうか?
そういう人を見てるのも、楽しい海時間です。
とはいえ、自分の楽しい海時間=いい波、あたってないです。
そろそろ自分のそんな時間が、待ち遠しい。

種子島写真展「うみのこ/The children of the
sea」が始まりました。
なんだか、最近は頭の中が写真展で埋め尽くされていました。
場所は旭町公民館という、最近、昭和20年代から建てられた木材をばらし、、
もう一度組みなおした、かわいらしい建物。
そこに、「うみのこ」を、たくさん並べています。
いままで泳ぎながら撮ってきたサーフィンや波の写真は、ウミガメの目線。
そんな、写真展です。
大阪の日本ウミガメ協議会を出発してから、向かうは日本海の守源旅館。
うちではおっちゃんと呼んでいるサーフライダーファウンデーションのおっちゃんの宿だ。
波の無い八丁浜で子供と泳ぎ、その脇の浦島太郎伝説の残る神社へ案内してもらい、
守源旅館で豪勢な食事をいただき、子供と一緒になぜか王様ゲームで大盛り上がり。
最後におっちゃんのお母さんから、戦時中の生の話を聞き、貴重な時間を過ごした。
2年前のてんぷら油の旅以来のお付き合い。本当にお世話になりました。
次の日は福岡の白い焼き物を創るフサノスケさんの家でバーベキュウ。
そこには旅で世話になったてんぷら油の師匠、大波好きの唐津のエーボーさんもやってきてくれた。
帰ってきたばかりというGランドのビックウエーブ写真を見せてもらい、興奮冷めやらぬ様子。
10年以上通って、最高の写真が撮れたと大喜びしている。
本当に渋い写真。とてもサーファーらしいな、と思った。
そして次の日は、壱岐に向かう。
車を港に泊めて、フェリーに人間だけ乗り込む。
家族ぐるみでお付き合いさせてもらっている仲間が転勤で壱岐に移り住んでいるというから、一度はいってみたいと思っていたところ。
程よい大きさの島で、いいところだった。
運良く、波乗りもでき、子供たちも楽しそうに遊んでいる。
でも、僕はというとダウンしてしまった。
あまりの強行スケジュールに、体を休めろと体が言っていた。
壱岐滞在の半分を台無しにしてしまったけれど、行って良かった。
おいしい食事をいつもありがとうございます。
そして、そこからは種子島へ。
帰ってくるといつも思う。島はいいな、やっぱり。
おしまい
速報。
やりました。
子ガメ、撮りました。
産卵の記録から、そろそろかなというのを見て回っていると、
子ガメの足跡発見。時間は夜11時ころ。
この先にいたらいいのにと、あまり期待せずに海に向かう足跡を懐中電灯で照らしながら追跡していると、
小さい小さい子ガメ発見。
流木やごみの障害物と戦いながら、一生懸命海を目指していた。
こんなに素直に頑張れ頑張れと思う気持ちは、なかなかない。
波に消えていく姿まで撮影すると、さて他にもいないかと、産卵現場に戻ってみた。
すると、もう一本足跡が増えている。そして、なんと両手を出して、目に砂をくっつけ、初めての地上の空気を吸っているカメを発見。
様子を伺っているのか、ほとんど動かない。
可愛い。とっても可愛い。
そいつも、最後まで見届け、もうでてこないのか待機して待っても、出てこない。
そして、そろそろ帰ろうと歩き始めると、別の産卵現場から一匹足跡がでている。
これもそうかと、また足跡追跡を始めると、途中で終わっていた。
なんとそこは、砂が乱れとんだカニの巣穴であった。
あの子ガメを、こんなに小さなカニが狙っていたとは、驚きだ。
そして産卵現場に戻ってみると、多分他のカニが、早く子カメが出てこないかと待ち構えている。
カニだって一生懸命生きている。
自然の生存競争を見た。
興奮冷めやらぬ帰りの車の中で思った。
ずっと子ガメを撮りたいと思っていたら、それが叶った。
こういう達成感がたまらなく好きだなあと。
帰ってきました種子島。出来立ての写真集を持って。
それにしても、帰りの道中も楽しかった。
車だから、どこで道草しようと自由。
行きたいところは、山ほどある。
連絡したい仲間もいる。
僕はだいたい前の日か当日に連絡をしてしまう。
相手には申し訳ないのだけれど、
相手のタイミングもあるし。
通りすがりですが、遊んでくれませんか、と。
まずは東京を出て、清水や御前崎によりたい気持ちをおさえ名古屋へ。
ここには出産予定日前日の島の仲間が帰省している。
産まれていることを楽しみにしていたのに、まだだったので、
子供の一日の規定運動量消費もかねて、妊婦に歩いてもらおうと近くの公園へ。
するとそこは、なんと万博後地の公園。
記念展示室に入ると、来たら楽しかっただろうな、と思わせる、世界の文化が目の前にあった。
夕食は、とても自然な感じが素敵な仲間のお店で、自然なおいしさが詰まった食事をいただき、
最寄の銭湯まで案内してもらい、名古屋を後にする。
次の日は、大阪の日本ウミガメ協議会。僕がハワイとメキシコへ行けたのは、こちらのおかげ。
目移りしてしまうほどのウミガメ資料や写真が積まれた、一日いたい事務所だった。
次の日は、大阪の日本ウミガメ協議会。僕がハワイとメキシコへ行けたのは、こちらのおかげ。
目移りしてしまうほどのウミガメ資料や写真が積まれた、一日いたい事務所だった。
つづく